2週間ほど、何を見ても頭に入らない時期がありました。再生はしている、最後まで流れてもいる。それなのに翌日には内容をほとんど覚えていない。作品が悪いわけではなく、明らかにこちら側の問題でした。
本数だけが増えていた
記録を見返すと、その2週間は普段より本数が多かったのです。1日に2本、3本と流していて、数の上では充実しているように見えます。ところが一行メモの中身は「面白かった」ばかりで、具体的なことが何も書けていませんでした。
要するに、見ることが手段ではなく、時間を埋めるための作業になっていたのだと思います。作品を選ぶ気力もなくて、おすすめ欄の上から順に再生していたのも良くありませんでした。
立て直しにやったのは三つ
元に戻すためにやったのは、次の三つです。
- 1日1本までに戻す。物足りなくても増やさない
- おすすめ欄からは選ばない。自分で名前を挙げたものだけ見る
- 見終わったら画面を消して、5分だけ何もしない
三つ目が思った以上に効きました。終わった直後に次を再生していたのが、感想が残らない原因のひとつだったようです。自動再生を切った話はリストを整理した記事とあわせて以前から書いていますが、切っていても自分の指で押していたら同じことでした。
戻るまでにかかった時間
感覚が戻ってきたと感じたのは、1週間ほど経ってからです。メモに具体的な場面が書けるようになり、翌日に人へ話したくなる作品が出てきました。数を減らしたのに満足度は上がっていて、そこは分かりやすい結果でした。
この経験から、本数が増えているときは調子が良いのではなく、むしろ危ないと考えるようになりました。倍速で消化していた時期の話は倍速再生についての記事にも書いていますが、速さも本数も、増えているときほど一度立ち止まったほうが良さそうです。
同じことが起きる前ぶれ
あれ以来、同じ状態になりかけたことが二度あります。どちらも前ぶれが似ていて、共通していたのは「何を見るか決めずに再生ボタンを押していた」ことでした。
見たいものがあって開くのか、時間を埋めたくて開くのか。この違いは自分でもすぐには分からないのですが、開いてから3分以内に作品が決まらない日は、たいてい後者です。今はその時点で画面を閉じるようにしました。
減らした時間の使い道は決めていない
本数を減らしたぶん、何か別の有意義なことをしているかというと、していません。ぼんやりしている時間が増えただけです。ただ、その状態のほうが翌日の調子は良い気がしています。
空いた時間を必ず埋めようとするのが、そもそも今回の不調の入り口だったのかもしれません。埋めなくてもいい時間があると分かってから、作品を選ぶときの気の張り方も変わりました。
視聴の記録は今も続けていますが、本数を数えるのはやめました。数えると増やしたくなるからです。書くのは内容についての一行だけにしています。
あとから思えば、あの2週間は仕事のほうが立て込んでいた時期と重なっていました。頭を使い切った状態で帰ってきて、何も考えなくていい時間として画面を開いていたのだと思います。作品の見方が雑になっているときは、たいてい生活のどこかが詰まっている。そう考えると、視聴の記録は体調のメモとしても読めるのかもしれません。


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