原作のある作品を配信で見るとき、先に本を読んでおくべきか、映像を見てから読むべきか。これを毎回その場の勢いで決めていたら、どちらの体験も中途半端になることが何度かあった。今は自分なりの順番を決めていて、迷う時間がなくなったぶん、どちらも素直に楽しめるようになっている。移動中に原作を消化する手段としてAudibleプレミアムプラン 30日間無料体験を使うようになったのも、この整理をしてからだ。
ちなみにこの順番の話は、原作が小説の場合と漫画の場合で事情がかなり違う。小説なら音声で消化できるが、漫画は絵を見ないと話にならないので、同じ手は使えない。漫画原作のときに候補にしているのが電子書籍をレンタルでも購入でも読めるサービスで、全巻そろえる前に何巻まで読めば映像に追いつくのかを確かめられるのが目当てだ。私はまだ本格的に使い込んでいないので読み心地までは書けないが、実写化のたびに全巻買って積むのを繰り返すよりは現実的だと思っている。
失敗の典型は、話題になっている実写化作品を見る前に、慌てて原作を読み始めてしまうパターンだった。原作が上下巻あるようなものだと、読み終わる前に配信が始まってしまう。結局どちらも途中の状態で行ったり来たりして、記憶がごちゃ混ぜになった。
映像を先にするか本を先にするかの線引き
今は次のように決めている。まず、原作の分量を確認する。一冊で完結するなら本が先、シリーズものなら映像が先。理由は単純で、長いものを先に読もうとすると、たいてい配信が始まるまでに終わらないからだ。
- 単巻で完結する小説 → 本を先に。読了後に映像を見ると、省略や改変が分かって二度おいしい
- 長編シリーズ → 映像を先に。人物関係を映像で覚えてから読むと、原作の細かい描写が入ってきやすい
- ミステリーで犯人が要の作品 → 必ず映像を先に。文章のほうが伏線に気づきやすく、先に読むと映像の驚きが消える
- エッセイやノンフィクション原作 → どちらでもよい。ただし本を後にすると、映像で省かれた部分が補完されて満足度が高い
漫画原作は「どこまで読むか」を先に決める
漫画が原作の場合、小説以上に厄介なのが巻数だ。三十巻を超えるようなものを配信開始までに読み切るのは、そもそも無理がある。そこで決めたのは、全部を読もうとせず「映像の一期がどこまでを描くか」を調べて、その少し手前まで読むという方針だった。続きが気になったまま映像に入るほうが、結果的に集中して見られる。
この読み方だと、買い切りで全巻そろえる意味はほとんどない。必要なのは十巻前後を一気に読む時間だけなので、レンタルのほうが用途に合っている。電子書籍をレンタルでも購入でも読めるサービスのように、全作品を無料で試し読みできて、気に入ったものだけ買い直せる形なら、合わなかったときの損も小さい。読み終えたあとで手元に残したくなった巻だけ購入に切り替える、という使い分けができるのはありがたい。
逆に、絵柄が自分に合うかどうかは読んでみないと分からない部分が大きいので、話題作だからという理由だけで先に何巻もまとめて確保するのはやめた。一巻ぶんを読んで手が止まるようなら、その作品は映像から入ったほうがいい合図だと考えている。
読む時間を確保するために音声に逃がした
とはいえ、本を先に読むと決めても、実際に読む時間が取れなければ意味がない。自分の場合は通勤と家事の時間を音声に充てることで、なんとか配信開始に間に合わせている。紙で読むより速度は落ちるが、そもそも読めずに終わるよりはるかにましだった。ナレーションの声質が作品の印象を決めてしまう面はあるので、そこは試聴で確認してから選んでいる。
この使い分けは、以前ながら読書を試してみたときの話で書いた使い方の延長にある。当時は単に本を消化する手段として使っていたが、配信の予定と組み合わせるようになってから、はっきり役割が決まった。
ひとつだけ注意しているのは、映像を見る直前に原作を読み終えないこと。記憶が新しすぎると、違いばかりが目について映像に集中できない。数週間は空けたほうが、別の作品として受け取れる。逆に、映像を見てから読む場合は間を空けないほうがよくて、俳優の顔が浮かんでいるうちのほうが読み進めやすかった。
順番を先に決めておくだけのことなのに、原作つきの作品に対する構えがずいぶん変わった。以前は「原作を読んでいないから見るのをやめておこう」と機会そのものを潰していたが、今はその場で順番を判断して、どちらかから入ればいいと思えている。週末のまとめ見に時間割を決めた話と同じで、決めごとを一つ置くと迷いが消える。
あえて映像から入ってみた結果
原作を先に読むと決めていた時期に、実写化された作品をあえて映像から見てみたことがある。結論としては、この順番のほうが楽しめる場合がはっきりあった。
先に映像を見ていると、原作を読むときに登場人物の顔と声がすでに入っている。人物の多い群像劇では、これだけで読み進める速さがまるで違った。逆に、細かい心情の描写が読みどころの作品では、先に映像の解釈が入ってしまい、自分で想像する余地が減る。映像化作品の原作小説は結末まで知ったうえで読むことになるので、そこを気にするかどうかで向き不向きが分かれる。
いまは、人物が多い作品は映像から、一人の内面を追う作品は本から、という分け方にしている。

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