毎年12月に入ると、決まって同じ映画を1本見ます。もう十数回は見ているので筋も台詞も覚えていて、新しい発見があるわけでもありません。それでも見ないと年が終わった気がしないので、いつのまにか恒例になりました。
覚えている作品を見る意味が分からなかった
正直に言うと、以前は見返しに否定的でした。配信で見られる作品は事実上無限にあるのに、内容を知っているものに2時間を使うのはもったいないと思っていたのです。未見の作品を1本でも減らすほうが有意義だ、と。
考えが変わったのは、初めて見たときの自分の状況をはっきり思い出せたときでした。どの部屋で、何をしながら見ていたか。作品そのものより、そのとき自分が何を考えていたかのほうが強く残っていました。
同じ場面で引っかかる箇所が年ごとに違う
見返しを続けていると、心が動く場面が年によって入れ替わることに気づきます。以前は主人公の決断する場面に一番反応していたのに、ここ数年はその周りにいる大人の側の台詞が刺さるようになりました。
作品は一文字も変わっていないので、変わったのは当然こちら側です。前回どこで引っかかったかを一行だけ残しておくと差分が見えて面白く、一行だけ記録する習慣がここでも役に立っています。
恒例にするなら1本だけと決めた
ただし、見返す作品を増やすのはやめました。候補を3本まで広げた年があったのですが、そうすると義務感が出てきて、消化するような見方になってしまったからです。
今は1本だけと決めています。年に一度、決まった時期に、決まった作品を見る。それ以外の見返しは気が向いたときだけにしました。数を絞ったほうが、その1本を迎える感じが濃くなります。
新作を追いかけるのは新作通知をオンにした話のほうで済ませて、見返しは年に一度の枠に閉じ込める。この住み分けにしてから、どちらも気持ちよく続いています。
見返す作品をどう選んだか
恒例にする1本を選ぶとき、実は少し迷いました。好きな作品なら他にもありますし、評価の高い名作を据えたほうが格好はつきます。それでも今の1本にしたのは、初めて見たときの状況をはっきり覚えている作品だったからです。
作品の出来そのものより、自分の側に紐づいているかどうかで選んだ形になります。毎年見返して差分を感じたいのなら、比べる基準が自分の中にあるほうが都合がいい、という理屈です。
飽きるかどうかは今のところ問題になっていない
十数回も見て飽きないのか、とは自分でも思います。実際には、集中して見る回とそうでない回があります。台詞まで覚えているので、途中から半分は背景として流れている年もありました。
それでも構わないことにしています。初見の作品に同じ態度で臨んだら失礼ですが、見返しは別物です。むしろ気を抜いて見られる作品が一本あるのは、年末の慌ただしい時期にはありがたいものでした。
いつまで続くかは分かりませんが、途切れたら途切れたときに考えます。義務にした瞬間につまらなくなるのは、他のことで何度も経験しました。

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