ネタバレとの付き合い方|見る前にどこまで調べるか決めた

見るかどうかを決めるために調べたら、いちばん驚くはずの場面を先に知ってしまった。よくある話だと思う。困るのは、調べないと見るかどうかも決められないことだ。時間は限られているので、全部を白紙で見るわけにもいかない。

それで、調べていい範囲を自分の中で決めることにした。作品によって変えている。

調べてよいと決めた範囲

いまの線引きはこうなっている。

  • 何分あるか、何話あるか
  • どういうジャンルか、暗い話か明るい話か
  • 配信サービスに載っている公式のあらすじ
  • 点数だけの評価。文章の感想は読まない

逆に見ないと決めたのは、他の人が書いた長い感想と、動画の解説、それに配信サービス内の自動再生される予告だ。最後のものがいちばん厄介で、作品ページを開いただけで勝手に流れ始める。音を消しても映像は出るので、開いた瞬間に目を逸らすしかない。

ジャンルによって線を変えている

驚きが中心の作品は徹底して調べない

犯人が誰かとか、大きな仕掛けがあるとか、そういう作品は公式のあらすじすら最後まで読まない。一行目で「どういう話か」が分かった時点で閉じる。見るかどうかは、すすめてくれた人を信じて決める。

人物を見る作品は、むしろ先に知っておく

家族の話や、長い年月を追う作品は、先に結末を知っていても損なわれない。それどころか、結末を知ってから見たほうが途中の細かい場面の意味が分かる。こういう作品は遠慮なく調べる。

原作があるものは別の扱いにしている

原作を先に読むか後にするかは、ネタバレというより順番の問題になる。これは長く迷った末に自分なりの決め方をしていて、先に読むか後に見るかの順番のほうにまとめた。映像を先に見てから原作を読む順番にも、それなりの利点があると感じている。

知ってしまったあとにどうするか

気をつけていても知ってしまうことはある。以前はそれで見るのをやめていた。いまはやめない。

結末を知った状態で見ても、面白い作品は面白かった。むしろ「この場面はあとで効いてくるのか」と分かって見るので、初回から細かいところに目が行く。知ってしまったから価値が消える作品は、そもそも一度しか持たない作品だったということでもある。何度か試して、そう考えるようになった。

ただし、知ってしまってすぐに見るのはやめている。数週間置くと細かい部分は薄れるので、そのころに見ると案外まっさらな気持ちで入れる。忘れる力を当てにするのは頼りない方法だが、実際にはいちばん効いた。

人にすすめるときにも同じ線を使う

自分が気をつけていると、人にすすめるときの言い方も変わった。面白かった場面を具体的に話したくなるが、そこをこらえて、ジャンルと長さと「どういう気分のときに向くか」だけを伝えるようにしている。それだけで十分に伝わるし、相手が見たあとで話す楽しみも残る。

配信サービス側の作りで困ること

自分がどれだけ気をつけても、サービス側の作りで知ってしまうことがある。困っているのはこのあたりだ。

  • 作品ページを開くと予告が自動で流れ始める
  • 一覧に並ぶ画像が、終盤の場面から切り出されていることがある
  • 「この作品を見た人はこちらも」の並びで、続編の存在が分かってしまう
  • エピソードの題名そのものが結末を示していることがある

最後のものはどうしようもない。連続もので、次の話の題名が一覧に出ている場合、その題名だけで展開が読めてしまうことがある。うちは一覧を表示するときに、次の話まで目を走らせないようにしている。画面を見る位置を意識するだけの話だが、それだけで避けられることは案外多い。

調べる時間そのものを短くした

いちばん効いたのは、調べる時間に上限を決めたことだった。いまは一作品につき三分までと決めている。三分で決められないなら、それは見たい気持ちがそこまで強くないということだと考えるようにした。

長く調べるほど、知らなくていいことに行き当たる確率が上がる。時間を切ってしまえば、その確率も下がる。調べすぎを防ぐ方法として、内容で線を引くより時間で切るほうが自分には合っていた。

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