配信で見られるものが増えてから、劇場に行く回数がはっきり減った。ただゼロにはならなかった。行った日と、待ってよかった日を並べてみると、分かれ目が思っていたより単純だったので書いておく。
先に結論:分かれ目は三つだけ
- 音の低いところが物語の一部になっているか
- 画面の端まで情報が置かれているか
- 話題が過ぎる前に見ないと、自分にとって意味が薄れるか
この三つのどれかに当てはまれば劇場へ行き、どれにも当てはまらなければ待つ。迷う時間がなくなっただけでも、この線を決めた価値があった。
劇場のほうがよかった作品
音が体に来る作品
家の設備を良くしても、低い音は近所を考えると出せない。腹に響く音そのものが演出になっている作品は、家で見ると別物になる。ここだけは設備の問題ではなく、住んでいる場所の問題だと納得した。
画面の端に情報がある作品
群像を撮っているものや、背景に仕掛けがあるものは、手元の画面だと目が中央に寄る。大きい画面だと自然に視線が散るので、拾える量がまるで違った。
途中で止められないほうが集中できる作品
家だと、少し退屈した時点で止めてしまう。止められない場所に座ることで最後まで見られた作品が、実際に何本かある。
待ってよかった作品
逆に、待って損がなかったのは次のようなものだった。
- 会話が中心で、表情を見ていれば話が追えるもの
- 一度見たことがあり、確かめたい場面が決まっているもの
- 二時間続けて座る自信がないもの。家なら二回に分けられる
- 家族の好みが割れていて、一緒に行くと気を使うもの
とくに最後の一つが大きかった。行くとなると日程と席を合わせる必要があり、それだけで見送りになる。家なら別の日に別々で見られる。同じ部屋で別のものを見るときの距離感は同じ部屋で別々の作品を見るときの間合いに書いた。
待つ期間をどう見積もるか
配信に降りてくるまでの期間は作品によってばらつくが、公開から数か月というのが体感の目安だった。ただ確実ではないので、次のようにしている。
- 待つと決めた作品は、題名だけ控えて忘れる。定期的に探しに行かない
- 半年たっても来なければ、単品で借りるかどうかを考える
- 話題が気になるだけなら、待っているうちに気持ちが冷めることも多い
単品で借りるかどうかの判断は単品レンタルに課金するか迷ったときに使っているものさしのほうにまとめている。
費用の差をどう考えたか
劇場で一本見る金額と、配信の月額を並べると、数の上では配信が圧倒的に安い。ただ同じものとして比べると、判断を誤る。自分は次のように分けて考えている。
- 劇場は、その一本のために場所と時間を買っている
- 配信は、見るかどうか分からないものまで含めた月額を払っている
- 劇場へ行く日は、移動と食事も込みで一日の予定になる
- 配信は、空いた時間に差し込めるぶん、時間の単価が違う
この見方にしてから、劇場へ行く回数を減らそうとするのをやめた。減らすのではなく、行く作品を選ぶという形に変わっている。
行くと決めたあとに気をつけていること
座る位置を先に決める
後ろすぎると画面が小さく見え、前すぎると端まで目が届かない。真ん中よりやや後ろで落ち着いた。家で見るときに画面との距離を調整するのと、やっていることは同じだ。
前情報を入れすぎない
行くと決めた時点で、それ以上は調べないようにした。予告を何度も見ると、山場の場面を先に知ってしまう。
終わったあとの時間を空けておく
見終わってすぐ次の予定に移ると、内容が流れてしまう。三十分でも余白を取ると、覚えている量が違った。
よくある疑問
話の筋を知ってしまうのが怖い
待つと決めた作品は、題名で調べるのをやめた。調べなければ目に入る量はかなり減る。
家の設備を良くすれば劇場に行かなくて済むか
音の低いところは、住まいの条件で頭打ちになる。画面の大きさは近づけばある程度は補えるので、先に座る位置を変えてみるほうが安上がりだった。
配信に来ないまま終わる作品はあるか
あった。そのときは借りるか、見送るかの二択になる。見送る判断が続いても、そこまで後悔はしていない。


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